アドラー心理学が危険だと思う話~心理学ではなく思想や自己啓発の一種~

雑記
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はじめに

初めに私はアドラー心理学が好きではありません。なのでタイトルからも分かるように批判的な意見が多いことを初めにご了承ください。

「嫌われる勇気」という青い本が流行り、アドラー心理学が広まりました。それにともないアドラー心理学関連の本が流行りに乗ろうと沢山発売されました。私は2018年末辺りまでアドラー心理学については一切認知していませんでした。そしてたまたまこの本を知って、アドラー心理学について調べたのですが、どうも納得できないことが多く、どうしてこんなものが流行ったのか理解できませんでした。

共感できる部分もあるのですが、それより気になったのが圧倒的な肯定的な意見の数でした。本のレビューの中には、アドラー心理学を信じ切っているようなものも多く見かけました。私はこれにゾッとしました。こんな心理学が世の常識になったら、世の中が世紀末状態になると思ったからです。

冗談です。ちょっと言いすぎました。でもゾッとしたのは本当です。というわけで今回は、私が考える「アドラー心理学の危険性」について思うことを語っていきたいと思います。

科学的根拠なし!さらに何年前の理論だよ。理論ともいえないけど

まずアドラー心理学には明確な科学的根拠がありません。あの青い本にも「アドラーはこう考えた」という体の文が多すぎます。いやまず根拠をしめせよと。しかしどこにも書かれていないんですよね。意味不明です。特に実験もせず人の心を分かった気になっているアドラーは神かなにかなのでしょうか?

いや言い切っているのはもしかしたらアドラーではなくアドラー心理学の本を書いている現代の著者さんなのかもしれません。そもそも科学的根拠があっても絶対など存在しないのが心理学です。

しかもアドラーって100年以上前の人間です。今ですら人に関する心と体の研究は完全に解明されていないのに、あの自信満々にこの世の理のすべてを語るような感じはなんなのでしょうか?

よくアドラー心理学では「○○は存在しない」とか「アドラー心理学ではこうである」というようなアドラー心理学が絶対的なのだというような文を見ますが、まるで存在しない理論を提唱して「○○はありまぁす」と言っている頭のおかしい人そのものに見えかねません。

アドラー心理学は心理学というより思想や自己啓発、宗教といった方が的確

アドラー心理学は心理学とはとても言えません。科学や学問は可能な限り理論や根拠があって示されるものだからです。仮に分類するなら、考え方・思想・哲学・自己啓発と言った方がしっくりきます。少し過激に捉えればアドラー教という宗教の一種という見方も出来ます。

アドラー心理学が嫌いと言いましたが、考え方や哲学としてなら多少納得できる部分はあるし、私も一部似たような考え方を持っています(ただし同じ結果に至るまでの思考の過程は違う事が多いので、同列扱いされたくはないが)。ただ世の中では心理学として広く認知されてしまっているのが問題です。心理学だから言ってる事は全て正しいと思い込んでしまう可能性があるからです。

アドラー心理学についての本や動画での伝え方にも問題があると思います。心理学には絶対はないのに言い切ってしまうような言葉選びが多用されていますからね。そりゃ勘違いする人が増えるのも当たり前です。

青い本の著者も、アドラー心理学は勘違いされやすいとか発言してますしね。いやいや、なら勘違いされないような書き方をしろよと。少なくとも私には、あの本が勘違いを解消するような努力をしているようには感じられませんでした。

あの本が多くの人がアドラー心理学について勘違いする本だったとしたなら、説明責任放棄に他ならないのではないでしょうか?

そもそも過去に囚われても仕方ない。”今”が大事。ということは、アドラー心理学に頼らなくても誰でも気づきうる可能性のあるものなのに、心理学とはこれいかにって感じです。だったら私も自力で今が大事ということに気付いたので、これに「ぐみん心理学」という名前をつけていいですか?もしダメならなぜアドラー心理学は心理学として通るのでしょうか?不思議でなりません。

トラウマの否定の危険性

アドラー心理学ではトラウマは存在しないと語ります。これを信じ込んでいる人も多いです。しかし残念ながらトラウマはあります。科学的に証明もされている。なぜアドラー(もしくはアドラー本の著者)はないと言い切り、それを一部の人はたやすく信じてしまうのでしょうか。

アドラー心理学では心の病気を一蹴している記述が多いですが、現代では心の病気は脳の病気であるということが分かっています。私たちが心の病気と呼んでいるものは脳にダメージ、つまり脳がケガをしている状態なのです。心の病気は目に見えないので精神的な問題、気の持ちようだと思いがちですが、しっかり脳は損傷しているのです。

アドラー心理学でトラウマが存在しないと信じている人は残念ながらただの勉強不足という事になります。いわばずっと根性論を信じているようなものです。

古い考えの体育教師が未だに、「水を飲むのは甘え」って言ってるようなものです。

アドラーはトラウマを否定してない?

一応アドラー自身はトラウマを否定していない説もありますので、そっちにも軽く言及しておこうと思います。でも実際問題アドラー心理学に感化されて、トラウマは存在しない、あなた自身の問題だと考える人は多いです。

ではどうしてアドラー心理学ではトラウマは存在しないという説が広まったのでしょうか。

アドラー心理学が勘違いしやすい学問だったとして、トラウマの否定を本来してないものだったとするなら、そう勘違いされないように、アドラー心理学に関する本は説明努力をしないといけません。

しかし多くのアドラー関連本はその努力をしていません。補足説明もなしに「トラウマは存在しない」と断言しちゃってますからね。しかもアドラーがそういっていたかのように演出します。

百年後の未来でまさかそんな風に解釈されるなんて、もしかしたらアドラー自身が一番驚いてるかもしれません。

アドラーはもしかしたら目の前の患者を助ける為に、その言葉に科学的根拠はなくても「君なら出来るよ」と、患者を励まそうとしただけかもしれません。それを現代人がさも完璧な理論のように取り上げて、多くの人を無意識に騙してしまっているのだとしたら…。

まあ今のはただの想像で、アドラーもこの世にはもう存在しないので、何が真実か確認のしようもないですけどね。

アドラーは一休さんである

ここで私もひとつ持論を伝えたいと思います。

アドラー心理学ではたとえ話が良く出てきます。そして多くの人がそのたとえ話に納得します。私はそのたとえ話が上手いなと思いました。しかし同時にこうも思いました。そのたとえ話は科学的根拠がなく、ただの言葉遊びだと。要はただの屁理屈・とんちなんです。いわば一休さんのようなものです。

看板「このはしわたるべからず」

一休さん「じゃあ俺は端ではなく真ん中渡るわ」

私「いや言葉遊びは上手いけど、それただの屁理屈やん!」

このような感覚と全く同じ印象を私はうけました。実際、アドラー心理学の例え話は穴だらけなので少し例に出しましょう。

同じ辛い過去を経験した全員が引きこもったり病気になったりするわけではない。

これはアドラー心理学でトラウマを否定する時にありがちな説明文です。一見納得できる。正しいように見えてしまいますが、冷静に考えれば当たり前の話です。

同じ食事をとったからって同じ体型になったりしますか?しませんよね?なぜなら人によって代謝は違うからです。

学校の体育の授業で全員が同じだけ走ったとして皆同じように疲れたりするでしょうか?違いますよね。ものすごく息切れする人や、汗1つかかず全然平気な人もいます。なぜなら人によって体格や身体能力は異なるからです。

心の傷の度合いもこれと一緒です。同じ辛い経験をしたからと言って全く同じ傷がつくわけではないのです。運よく浅いキズで済む人もいれば、深いキズを受けてしまう人もいるわけです。

原因だけ伝えて治してくれない医者

もうひとつ例を出しましょう。あなたは熱が出たので病院に行き、診察を受けています。一通り診察が終わった医者があなたに伝えます。

「これは風邪ですね。喉が腫れたせいでしょう」

あなたは「そうですか」と言い、医者はそれ以降何も語ろうとしません。

長い沈黙の後、医者は「次の人ー」と言葉を出します。

あなたはこうツッコミます。

「いや治せよ!」

これもアドラー心理学を説明する時にありがちなパターンです。原因は重要じゃない。大事なのは治すという事なのだから。原因はおいといて風邪を治す方法を教えましょうと。

でも冷静に考えてください。普通原因を伝えてそれではい終わりなんてする医者はいません。つまり最初からすでに例題としては崩壊しています。

それに原因が分かったからこそ、どう対策すべきか、どういった薬を処方するべきかが分かるはずなのです。

原因は重要です。そもそも原因と向き合わずに、その場しのぎの治療をしてもいずれ再発するだけ。だって原因が分からないと予防のしようもありませんからね。

アドラーは一休さんとして患者を救った?

昔は心の病の原因なんてものは分かりませんでした。科学技術が今とは全然発展してませんから。

ですからアドラーは、心に病を抱えている人のために「一休さん」として励ます事を選んだのかもしれません。その言葉に科学的根拠はなくても、結果的にその人が救われれば問題ないという考えですね。まあこれも私のただの想像に過ぎませんが。

アドラー心理学を他者に押し付けないで

アドラー心理学を使ってあなたの人生が良くなること自体は否定する気はありません。しかしもしあなたがアドラー心理学を妄信しているなら警告はさせて欲しいです。まず目的論で世の中のすべての事が説明できると思わないでください。

次に心理学って難しい学問です。それなのに素人がアドラー心理学(そもそも心理学ではない)を他人に振りかざすのは、言葉の凶器を振りかざす事そのものです。

迂闊に「トラウマは存在しない」という言葉を信じこみ、思考停止してアドラー心理学を他者に押し付ける行為は、本当にトラウマを抱えている人を追い込むことにつながりかねません。そういった危険性を常に考えておいて欲しいのです。

アドラー心理学は劇薬である

それとアドラー心理学は健康的な人じゃないと使えない劇薬です。場合によってはトラウマ等への認知を歪める事にもなりますから、健康的な人が使う場合でも、副作用のリスクが高い劇薬と言えるかもしれません。

副作用に影響されず、アドラー心理学を正しく利用するなら、それなりに高いレベルの心理学や脳科学への知識が必要だと私は思います。

トラウマや鬱を抱えている人へ

精神的疾患を持っている人は、アドラー心理学を絶対に真に受けてはいけません。なぜなら所詮アドラー心理学は考え方の一種にすぎず、トラウマや鬱などには明確な原因が存在するからです。

だからもしあなたが心の病の治療中なのであれば、あなたのペースでゆっくり治してください。アドラー心理学を誰かから教えられたり、アドラー関連の本を見つけて読んで知ったりしても、あなたが病気になったのはあなた自身のせいだと思い込む必要は全くありません。焦らなくていいのです。

まずは自分をゆっくり休めてあげましょう。

さいごに

アドラー心理学をあなたがあなた自身の中で利用するのは悪いことだとは思いません。誰が何を信じようが最終的にはその人の勝手ですし、私には止めようもありませんから。

ただ出来る事ならアドラー心理学だけで物事を考えるような事はしてほしくないのです。あくまで「こういう考えもある」程度にしておかないと、一種の思考停止状態に落ちる危険性があるからです。

「Aのような考え方もあればBのような考え方もあるよね」と柔軟な発想をして欲しいのです。人の心や思考に絶対なんてものは存在しないのですから。

アドラー心理学の押し付けによって不幸な人が増えない事を祈るばかりです。

PS.そもそも嫌われることに勇気なんていらない。自分に合わないと理論だと思ったら切って捨ててよし。

コメント

  1. 知人にこの本を薦められて読んでみて、「トラウマは存在しない」という考え方にすごく引っかかっていましたが、あなたの「トラウマは科学的に証明されている。あなたのペースでゆっくり治していけばいい」の言葉に救われました。涙が出ました。心が少し軽くなりました。
    ありがとうございます。

    • 私が初めてアドラー心理学を知った時、ほんとうにトラウマで悩んでいる人を不幸にする可能性があると思いました。
      私自身も本当に辛い時期があり、そのタイミングでアドラー心理学を知っていたら、自分を責めて立ち直れてなかった可能性もあったと思ってます。

      ですから自分が思った事を発信するという理由だけでなく、誰かの助けになって欲しいという気持ちも込めて書いてました。
      なのでこんな拙い記事でも、まろさんや、誰かの心が少しでも軽くなってくれたのなら嬉しいです。コメントありがとうございました。

  2. ふつーの健康的な人に有用ならそれでいいんじゃないですかね?
    必ずしも健康的じゃない人に配慮してやる必要もないでしょ

    • アドラー心理学に限らず、その人の中でだけ完結する分には勝手だと思いますが、それで他人を巻き込んで不幸な人が増えるのはよくないと思っております。

      淘汰さんの理屈だと例えば、
      階段は健康的な人にとっては普通に使えるんだから、足の不自由な人にわざわざバリアフリーを設置して配慮する必要もないでしょと言ってると変わらないと思います。

      私は心の病気の人に配慮してやる必要はないからアドラー心理学をどんどん推奨していくってのは私は少し横暴すぎる気がしますね。
      もちろん私も何でもかんでも弱い人に配慮しろなんてほどの極論は思ってはおりません。

      それに記事内でも触れてますが心の病気やトラウマにはちゃんとした理由が存在します。それを存在しないというアドラー心理学はやはり良い物ではないと私は思います。
      科学的根拠もないのに信じ込んで、他人を巻き込むのはどうなんだ?という警鐘を鳴らしたくて記事を書きました。その点ご理解いただけたらと思います。

  3. アドラー心理学について私も、ぐみんさんと全く同じ意見です。身の回りに感化された人々が量産されていくのを確認しています。非常に危惧しています。

    • アドラーの教えを信じている人が、周りでどんどん増えていくのは怖いですよね

      ネットでアドラー心理学について検索しても、危険性について語るサイトより、推進しているサイトの方が圧倒的に多いのは異常でしょう

      もはや社会現象と化していて、この流れを止めるのは難しいんでしょうね。

      せいぜい私達に出来るのは、本当に大切な人や自分自身を自衛する事くらいでしょう。

      早く多くの人が間違いに気づいて、アドラー心理学で不幸な人が増えなくなるのを祈るばかりです

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