科学だって間違える事はある

雑記
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どうもぐみんです。

現代は科学がすごく発展し、多くの事について分かるようになりました。

特に生活に深く関係してくる脳や体の仕組み、心関係の科学の知識は、覚えれば覚えるほど、生活がより豊かになっていきます。

私自身知識を入れる事ですごく生活が楽しくなりましたし、よく紹介もしています。

しかしたまに、情報に囚われる頭の固い人って思われる事もあります。むしろ情報を多く持っている人の方が頭柔らかい事多いんだけどね。今日はそういった事に関する自分の考えの話。

科学は覆るし古くもなる

生活を豊かにしてくる科学。ただそこでひとつだけ気にしておいて欲しいのは、科学は絶対ではないという事。

例えば、100年前の科学の常識が今の科学で覆されるように、今の科学の常識は100年後、いやもしかしたら数年後には覆っている可能性だってあります。

例えば朝食。以前は朝食は必ず食べた方が絶対いいと言われていましたが、最近の研究では「別に朝食食べても抜いても健康には影響なくね?」という話も出てきています。

でももしかしたら、のちの研究で「やっぱり朝食は絶対食べた方がいい」となるかもしれないし、「朝食は完全に抜いてプチ断食したほうが健康に絶対いい」ってなるかもしれません。

ここで言いたいのは、絶対朝食抜けってわけではないです。食べたい人は食べていいんです。

というか科学的にはこうした方がいいよという指標はあっても、必ずしもすべての人がそうすればいいってものでもないんです。そこをたまに勘違いしている人がいるのは悲しいです。

例えば半身浴と全身浴。全身浴の方が科学的に健康にいいとして、全ての人が全身浴をできるわけではありません。身体への負担を考えたら、人によっては半身浴がベストな回答になるのです。

科学的に正しかろうが、全ての人がそれを選択するべきではないということです。

また科学的情報というのは凄いぺースで増えていきます。1年経たずに2倍に増えてたり、一般的な知識やテクノロジーも年に何パーセントかは時代遅れになると言われているそうです。ひええ。

科学的知識で生活を豊かにするのはいいけど、考えを固執させてしまうとすぐ時代に取り残されるという事ですね。

科学を絶対とするのではなく、どうするかが重要

重要なのは知識を知った上で、何を選択するかはあなた次第ということです。

科学を妄信して、全ての行動において科学的に正しい行動をとろうとすると、科学の命令に従うだけの傀儡になってしまいます。

それってとても窮屈で人生が退屈感じる事だと思います。そのうち疲れてしまうでしょう。人は自由であるべきです。私たちは命令に完璧に従えるロボットではないですからね。

仮に完璧に科学的知識を実行し続けられていたとしても、その信じていた科学が後になって覆ってしまったら?

きっと過去の自分を否定されたような気持ちになり、ショックも大きいものとなるでしょう。そうならないようにするためにも、知識を得た上で何を選択すべきか考えるのは、とても大切です。

科学的な知識を生活に役立てる為に抑えておきたいポイント

科学的な知識を得る事は間違いなく生活を豊かにしてくれます。とはいえ絶対的なものだと信じ込むものではありません。それでは科学ではなく、宗教になってしまいます。

  • 科学的な知識に基づいて行動すれば人生は豊かになりやすい
  • しかし科学は鵜呑みにするのものではないし、ましてや万能でもない
  • 科学的な知識が絶対だと思い込むのではなく、知った上でどう行動するかが重要
  • 科学が覆った時は、間違いを受け入れて柔軟に切り替えていく

この辺りのポイントを押さえて、頭を固くせず臨機応変に生きていきましょう。

最後に

麻雀マンガ「咲-saki-」に出てくるキャラ天江衣で好きなセリフがあります。

「感覚の傀儡になるのではなく、感覚を選択肢のひとつとする」

この感覚の部分を、知識に入れ替えると

「知識の傀儡になるのではなく、知識を選択肢のひとつとする」

となり、すごくしっくりくる言葉になります。いつもこれぐらいの心構えを持ち、心に余裕をもって生きていきたいものです。それではまた。

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